はしだのりひこさん名曲「花嫁」にこめられた夫婦愛 さはらチャンネル

はしだのりひこさん名曲「花嫁」にこめられた夫婦愛

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「ザ・フォーク・クルセダーズ」のメンバーだった、はしだのりひこさん(本名・端田宣彦、享年72)が今月2日、亡くなりました。

【写真】はしだのりひこさん告別式 600人で「風」を合唱

音楽連載「歌っていいな」で、はしだ夫妻を取材したのは13年前の04年。当時、名曲「花嫁」は、08年に死去した妻の和子さんがモデルだったことを紙面にしました。

以下は、夫婦愛のにじみ出る04年12月1日付紙面です。

◆ ◆ ◆ ◆

夜汽車に乗って嫁ぐ女性の、純粋で一途な気持ちを歌った「花嫁」には実在のモデルがいた。はしだのりひこ(59)の妻和子さん(57)だ。

二十数年前。歌手として全国を飛び回るはしだは、和子さんの待つ京都にほとんど戻れなかった。和子さんは月に1、2度、彼の仕事先を訪ねた。売れっ子のはしだの自由になる時間は、朝のわずかな時間だけ。それに合わせるため、夜行列車で行ったこともあった。「やっと彼に会えて、感激して『ワーッ』と泣きたいけど、泣いている時間さえもったいなかった」(和子さん)。

そんな2人を、共通の友人である作詞家北山修が温かく見守った。北山は、はしだが託したメロディーに一晩で詞を付けた。「あっ、私のことが詞になってる」。和子さんはすぐに気付いた。世界中で3人しか知らない秘密だった。

出会ったのは、はしだ17歳、和子さん15歳。京都の高校のクラブ夏合宿だった。はしだは2回停学になった問題児だったが「音楽のできる面白いやつ」として抜群の人気があった。そんな彼を一目見て、和子さんは恋に落ちた。その夜、初恋のときめきから眠れぬ夜を過ごしていると、窓の外からかすかな口笛の音が聞こえた。はしだだった。彼もまた、眠れぬ夜を過ごしていた。

「花嫁」が世に出た翌年の72年、2人は10年の交際を実らせて結婚した。「命かけて燃えた恋が結ばれる」。北山の詞が現実のものとなった。役所に届けを出しただけで、披露宴はしなかった。歌詞にある「花嫁衣装」は着られなかったが、和子さんは満足だった。

それから32年。決して順風ばかりではなかった。和子さんは昨年、大腸がんで9時間に及ぶ大手術を受けた。今も抗がん剤を服用し、見えない病魔と闘っている。「真剣な恋をした人と、出会ってから今までずっと一緒にいられる。私がもし死んだら、この人は『私の骨をしばらく机の上に置いておくよっ』て。私の人生、それだけでいいかな! と思うんです」。和子さんの一途な気持ちは、夜行列車に揺られたころと変わっていない。

今月5日は長男(32)の結婚式。京都で6代続くはしだ家に花嫁がやってくる。【松本久】

引用元:https://rdsig.yahoo.co.jp/media/news/cm/list/headline/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9oZWFkbGluZXMueWFob28uY28uanAvaGw_YT0yMDE3MTIwOC0wMDA3MjI5OS1ua3Nwb3J0cy1lbnQ-
minkuru
1 :名無しのさはら|2017/12/8 12:22

♪花嫁はー 夜汽車に乗ってー

今じゃ、夜汽車なんて、日本全国見渡しても1往復しか走っとらんからな...(しかも正確には、汽車じゃなくて電車だし...)

2 :名無しのさはら|2017/12/8 12:38

写真

いしだ壱成かと思った

RE:2017/12/8 16:26

ハゲしく同意

RE:2017/12/9 5:56

書き込もうとしたら先に書かれてたw

RE:2017/12/9 13:24

少し足りない気がしますが、壱成は多分盛ってますよね?

3 :名無しのさはら|2017/12/8 12:49

「風」の後に出した「二人だけの旅」も名曲です。

4 :名無しのさはら|2017/12/8 13:14

はしださんが結成したグループではシューベルツが好きでした。杉田次郎さんもメンバーで若者の気持ちを代弁した佳いナンバーがたくさんありましたね。勿論その後に結成したグループでの花嫁も嫁ぐ日にも心を和ませて貰いました。才能が優れた人だったのでただただ残念です。

5 :名無しのさはら|2017/12/8 14:31

そうだったか

命かけてと誓った日から

今はもう通わない、の加藤和彦とミカは別れてしまったけど、はしだは、花嫁の歌詞どおりの人生だったみたいだな。

6 :名無しのさはら|2017/12/8 14:47

作曲者の坂庭省吾さんが好きでした…

7 :名無しのさはら|2017/12/8 14:50

いしだ壱成さんかと思った

8 :名無しのさはら|2017/12/8 15:30

今、職場の机で読んで、泣いています。涙、涙です。

フォーク・クルセダーズ解散して、疎遠になっていったと思ったけど、北山さんとの間に、そんなエピソードがあったのですね。

「花嫁」大好きです。北山修、はしだのりひこ、加藤和彦、杉田二郎、高石友也、諸口兄ぃ・・・関西・京都が元気だったあの頃に生きられてしあわせです️

9 :名無しのさはら|2017/12/8 16:53

いしだ壱成かとおもった

10 :名無しのさはら|2017/12/8 18:09

うちのお袋がよく口ずさんでた。お袋は中学を出て東京の町工場で3年勤めて社長さんの紹介で8つ上の親父と出会って結婚したんだと。

当時の時代背景や結婚事情などが想像できる歌だよな。

RE:2017/12/8 18:28

お袋は本当に関東の片田舎から、夜汽車じゃないけど中学を卒業してすぐに集団就職ってので汽車と電車を乗り継いで東京に来たんだそうな。右も左も解らぬ東京で必死に金属部品の選別やら加工の仕事をして、結婚したらしたで舅姑に傅いて、俺たち4人の子供を育てるのに必死だったんだと。そんなお袋は77のおばあちゃんで孫、ひ孫もいる。唯一結婚してないの俺だけだけど、今のぬるま湯に浸かった温室育ちのガキ共、今の60代以上の人がどれだけ生きるために努力してたとか、わからねぇだろうな。

11 :名無しのさはら|2017/12/9 5:25

「花嫁」のもうひとりの作者坂庭省悟さんがずいぶん前に他界されていたのを最近知りました。

僕がギターを弾き始めた頃日本で一番ギターが上手な人だと思っていました。ご冥福をお祈りします。

12 :名無しのさはら|2017/12/9 13:34

写真がいしだ壱成だと思っちゃったよ。一瞬

13 :名無しのさはら|2017/12/10 0:10

私もおもいました!

telmin

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