浜矩子「『トランプの目にも涙』の日は来るか」〈AERA〉 さはらチャンネル
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浜矩子「『トランプの目にも涙』の日は来るか」〈AERA〉

   

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経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
* * *
鬼の目にも涙。大統領就任式に臨むトランプさんのことを考えていたら、この言葉がふと頭に浮かんだ。
この人、誰かに似ている。なんとなくそう思っていた。それが、鬼さんだったことに、今、気がついた。トラの皮のパンツが、とてもよく似合いそうだ。角も絵になる。凶暴なイメージもぴったりだ。
もっとも、本当の鬼さんたちは、必ずしも凶暴一辺倒ではない。日本の昔物語に登場する鬼たちには、どこか哀愁が漂う面がある。存外に律義でもある。概して、約束は守る。理に適う話には、きちんと納得する。妙に小ずるいようなところはない。
かの「泣いた赤鬼」ほど気立てが良くなくても、日本古来の鬼さんたちは、結構、涙もろそうだ。そうした鬼的特性を、夢枕獏氏の「陰陽師」シリーズがよくとらえている。
だが、トランプ鬼さんはどうか。トラ鬼さんは、言うことがコロコロ変わる。理不尽な腹の立て方をする。律義さとは、随分、縁が遠そうだ。間違っても、哀愁は漂わない。人のために泣ける人。人の痛みがわかる人。人に共感できる人。これが、人が人であることの本質だ。経済学の生みの親であるアダム・スミス先生は、このように認識していた。
この認識に立って考えれば、日本古来の鬼さんたちこそ、最も人間的な存在だったのかもしれない。
「再びアメリカを偉大にする」。そうトラ鬼さんは言ってきた。偉大だとは、どういうことか。偉大さは、やはり、優しさに通じなければいけないだろう。偉大な人にはゆとりがある。ゆとりがある人々は、他の人々に対して優しい。優しい人は、他の人々のために泣ける。
思えば涙にも色々ある。激痛がもたらす涙もある。歯ぎしりしながら流す悔し涙もある。これは、トラ鬼さんにも経験があるかもしれない。「鬼の目にも涙」の意味を辞書で引けば、「無慈悲な人にも、時には慈悲の心が生きるのたとえ」とある。
トラ鬼さんの場合はどうだろう。これから、大統領職という重責を担っていくことになる。その中で、この鬼の目からさえ、もらい泣きの涙が流れる。そんな日が来るといい。だがどうか。(浜矩子)
※AERA 2017年1月30日号
引用元:http://rdsig.yahoo.co.jp/media/news/cm/list/zasshi/RV=1/RU=aHR0cDovL3phc3NoaS5uZXdzLnlhaG9vLmNvLmpwL2FydGljbGU_YT0yMDE3MDEyNy0wMDAwMDE1MC1zYXNhaGktaW50
1 :名無しのさはら|2017/1/30 7:08
このオバハン、本当に経済学者?というか、所詮学者。実態経済は殆どわかってない。この人お得意の富の再分配やると真面目にはたらくのがアホらしくる。
2 :名無しのさはら|2017/1/30 7:11
歴史にこじつける経済学者の本領発揮だな
話を書く前に実在した鬼の姿を見せて欲しいものだ
3 :名無しのさはら|2017/1/30 7:52
来ません。

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